占いなどにおいて、良くない時期。というものがあります。
これは、人生という旅の中で誰しもが必ず通らないといけないもの。
一つの転換点だと思うのです。
一生を通して、平穏で楽しいだけの人生の人なんて世界中探しても一人もいないはず。
ホロスコープを読んでいても、良くない配置・トラブルが予想される配置は必ず皆に平等に回ってきます。
そこの地点だけを避けて前に進むなんて事は不可能です。
すべてはサイクルの一つの通過点。
しかし、この注意期間どういった事が起きやすいのか、どういった心境に陥りやすいのかを知っておく事は
避けられなくとも備えることはできる。
物質的かもしれない。心構えかもしれない。
いきなり天災のように起こるよりは、ある程度の覚悟と準備があるだけで大難は小難。小難は無難へと
変えていくとこができるのです。
ではなぜ、まるで試練とでもいうような事柄が起こるのでしょう。
私たちは、この世に心の成長と、色んな体験をしに舞い降りてきました。
ただ主人公が何もドラマもなく、平凡に楽しく老いていくだけのドラマなど誰が見たいでしょう。
私が大好きな異世界系のアニメにおいても、はじめは何もわからず、何もできず
しかしトラブルや試練だけは容赦なく起こってくる。
しかし、その中で主人公が苦悩し、チャレンジして行った先にその結果としての能力であったり
心躍る冒険があったりかけがえのない仲間との出会いがあったりと、物語が進んでいくのです。
自分の思い通りには進まない事がほとんどで、その中で大いなる成長を遂げていくのです。
私は現在51歳になりましたが、身体も快調と言うわけでもなく、なんなら不自由に感じる事の方が多い。
心の動きに身体がついてこない苛立ちや不安を感じる毎日ですが、ふと、この意識状態のまま子供のころまで
戻れるなら、何歳に戻りたいだろうと考えた事があります。
割かし本気で考えてみたのですが、今の私の思考の状態・心や知識の熟した状態(あくまで若いころに比べて)を
形成するためには、今思い出しても恥ずかしい選択や、大きな誤った行動の末に、痛みや恥ずかしさなどを経て得ることができた間違いの連続・未熟のたまものでしかなく、この工程をすっ飛ばしていけるならもっと効率のいい、チートな人生を歩めるはずなのですが、その愚かな選択がなければ経験する事のできなかった出来事すべても手放す事になります。
もう2度とあんな経験したくない。と思う事が満載。ということは、未熟であったからこそ、その経験ができたのだと言うことになりますよね。
自分が巻き起こす事だけではありません。不本意ながらも巻き込まれてしまった出来事など
必ず経験しなければならなかったであろう事柄においては、もうあんな経験は心がもたないだろうと思ったら、
そんな経験をひっくるめた今までの私の人生であり、1度目だったからこその感動や学びであったと考えたら、
またもう一度。というのはひどく意味のない事なのではないかと感じました。
輪廻転生があるとして、なぜ私たちはすべての記憶を消してこの世に生まれてきたのか。
それは、フレッシュな経験を積むために、また自分の魂をブラッシュアップするために起きている事なのではないかとおもうのです。
また、年を重ねると若さというものが輝いて見え、自分が若かった時の良い部分だけを思い出し、「あの体力があったらな。」とか「もっと違う選択(冒険)ができるはずなのにな」と思いだしてばかりで、まるで人生という冒険の一線から自分は外れてしまったかのように嘆く日々を過ごしてしまいがちですが、人生というものは平等であり、
若い時は若い時の無知や経験不足からくる苦悩があり、年齢を重ねたら重ねたで、知恵や経験はあっても身体がついていかなかったり、守る事が増えて容易に動けなくなったり。
羨めばキリがないのです。
知恵と経験を持ったまま若く戻れたとしても、フレッシュなわくわくは感じる事ができないし、無謀だからこその経験の数々を体験する事はできない。
どの年齢域においてもどうしようもない苦悩は平等にある。
ならば、その苦悩すら一つの経験として楽しんだらいいのではないだろうか。
思い通りにいかない身体の機能もその状態もすべて経験。
私たちは、人生という素晴らしい冒険を今、どんな状態にある人もすべて歩んでいるのだ。
今日がこれから先の人生において一番若い。とはよく言ったもので、いつか寿命がきて、あの世に帰るその時まで精一杯この素晴らしい冒険をたのしんだらいいのではないかと思うのです。
今まで色んなピンチも乗り越えてきた素晴らしいあなたです。
これからもきっと大丈夫!自分を信じてこれからの日々を生きていきましょう。
怖いことは98%起きないと言われます。
実際私たちの今までを振り返ってみてください。
絶体絶命な状況なんて数えきれないくらいあったはずです。
でも私たちは生きている。
この奇跡を胸に、この人生という素晴らしい舞台に立っていられる今を大切に慈しみながら進んでいきましょう。
人生は限りはあるけど、可能性は無限大なのです。